そもそも総研のネトウヨ論議は玉川のミスリード?

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そもそも総研のネトウヨ論議は玉川のミスリード?

今日の「そもそも総研」はネトウヨの世界の話。ネット右翼の略らしい。その主体はお金も時間もあるミドル・シニアの人たちらしい。

中国、韓国、朝日新聞が嫌いな人たちとか。ここまで言うと嘘っぽいね。

今回の玉川の分析は極めて不十分。素人以下。古谷とか言う人一人に取材しても駄目でしょう。ネット右翼は存在してネット左翼は存在しないのかな。ある人が道路の右側を歩いているのを見てあいつはネトウヨとやるんですか。次に見たら左側を歩いているかも知れませんよ。



本質を探ると、金はある(というより生きるに困ることは無い程度の金はある)人達。社会の一線にいたとしても更なる飛躍はない。現状維持がせいぜいで定年あるいはリタイアを待つだけあるいは既に年金生活者になっている。自分ではもっと社会に貢献したいと思っている。

彼らの名目は正義感。しかし本当に正義感が強い訳ではない。金、名誉、を要領よく手に入れた悪い連中が憎いのだ。似ているが少し違う。とは言え人々の正義感なんてものはそれで充分。悪人を憎む気持ちこそ純粋で強い力をもたらすかもしれない。

デバイスを手にして彼らが捜しているのは反正義の連中。自分の正義感に反する連中を見つけたら 非難を繰り返す。只のうっぷ晴らしに過ぎないことを正義と言う御旗の下でやっている。精神安定剤。ストレス発散。社会貢献が見事に一致したひと時だ。



問題は「正義」とは何か。決まりごとはない。人それぞれだ。一人一人の過去がそれぞれの正義を作り上げていく。仮にそれらを統計処理すれば傾向は見えてくる。団塊の世代とそれに追従した世代。翻弄された世代と言ってもいい。成長する輝く栄光の日本。みんな頑張ってきた時代をこそこそ要領よくやっていた連中の悪徳が彼らの標的になるのは当然。日本の恩恵を受けてきた周囲の国がご都合な要求を始めると過剰に対抗するのも当然。

彼らは愛国的ではあるが右翼という括りには入らない。正義のない右翼は共感する相手にはなりえない。国家国民より個人的な利権を追いかける功利主義の連中は反正義の象徴だ。

ネトウヨの正体見たり枯れ尾花

風が吹くと一斉に頷く動作をするがそこに意味を探そうとしても無駄だ。

心にわだかまりのある罪びとにはその一斉の頷きは強烈なメッセージに見えるだろう。

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