理研「笹井芳樹」究極の選択は正しかったか?

理研「笹井芳樹」の記者会見を見て

この人は若くして名誉・地位・実績を手にした凄いエリートらしい。世紀の発表STAP細胞論文に関して小保方を悪意ある論文捏造とした理研STAP騒動で、論文執筆の責任者でもある笹井がどのような発言をするか注目されていた。

結果は、ある意味では社会の期待を外すものだった。会見は卒なく受け答えをしていたつもりだったろうが、見えてきたのはパートナーシップの全く感じられない愚かしい人間像というのは言い過ぎだろうか。

理研経営層に身を置き(副センター長)、論文のファイナライズを行い、実験の指導者という苦しい立場は笹井の人間性をむき出しにしてしまった。会社(理研)の面子を優先し、自分の保身を図っただけで、科学者・研究者・論文執筆者という本来的部分を捨ててしまった。彼の眼力、能力は一流だった筈なのに。辛かっただろう。自分を否定しなければ自分は組織に残れないのだから。

それでも地球は回っていると言う代わりにSTAP現象は最も有力な仮説と(理研に対する?)捨て台詞を吐いていた。

保身のために何でも捨てる男は見苦しいだけでない。パートナーにもしたくない、部下にも、上司にもしたくない。研究論文の世界も大きな戦いの一つだろうが、敵前逃亡するような奴は誰の尊敬も得られないだろう。笹井芳樹は戦場で指揮をしていて、部下を残して勝手に撤退した上官みたいなものだ。

船が沈没するときに乗客残して真っ先に下船して逃げてしまった船長と同じ。韓国SEOWLセオウル号の船長と同じではないか。十分な話し合いもしないで撤退(てった~い)と叫んで一抜けたをやってしまった。騒動の最大の責任者。

社会が、世界が罰しなくてはいけないのは理研そのもので、笹井はどの切り口から見ても最も罪が重い。



手柄は自分、問題は小保方と若山。何と都合の良いスタンスですこと。

世界の軽蔑?。彼の今後は常に疑いの目が向けられる。今後、ノーベル賞が彼に行くことはないだろう。人間としての尊敬が無ければ業績はかすんでしまうものだ。

理研のバッジを付けて体面で記者会見に臨んだが、世間が最後に見るのは人間性そのものだ。どんな鎧を身に着けようとも、笹井と言う人間はどういう奴か。其処を見るのだ。馬鹿な評論家は感情的にならず小保方より立派な会見と言っていたが、周到に用意された言葉を撒き散らしてただただ逃げ回っていただけ。見ていて恥ずかしいくらいだ。

真っ先に記者会見をやっても良かった立場なのに随分と遅くなってからだということも今にして思えば逃げ切る姿勢だったのだろう。ヒーローになることも出来た記者会見の場は、自分の本来を捨てたことで地獄の一丁目になってしまった。そんなイメージですね。



(追記)

笹井氏自殺のニュース。う~ん。驚くばかりだ。想像以上に苦しい立場だったのだろう。理研は、記者会見の後はどういう状況だったのだろう。 ひたすら懲罰に走ったのか。人間ってものは難しい。理研という組織の怖さなのか?。

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