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希薄な当事者意識?お粗末「川崎市教育委員会」
希薄な当事者意識?お粗末「川崎市教育委員会」
川崎市教育委員会
教師として学校として、何も出来なかった。嫌、何もしなかった今回事件の対応について、先ず反省し謝罪すべきだろう。犯人グループの暴力と戦っていた少年たちの実態は何一つ把握しようとしないで時間ばかりを無為に費やしてしまった。
大人しく学校に来て言うことをよく聞くお行儀の良い子も、そうでない子も、全て教育委員会は目配り心配りが必要ではないか。
大師中の管理者も担任も適切でなかったことへの悔しさの一片も感じられない挨拶だ。教育委員会が改めて指示をしなくても普通でないことが続いているなら対応するのが当然だろう。人間として、大人として、教師として当たり前にやればいいことを、今回はやっていない。
会えない訪問、繋がらない電話を繰り返して、責任を果たしているつもりになっている大師中に対する叱責が先だろう。卒業するまで続けるつもりなのか。教師失格以前だろう。
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教育委員会が校長を集めて1週間以上不登校の生徒児童について原因、友人関係などの実態把握に勤めるよう指示した。
今までは如何だったのか?。
どうして今になって指示するの?
付け焼刃、思いつきの対策にしか見えない。
母子家庭の母親を虐めることになっても困る。
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出来ない理由、やらない理由、を熱弁してもらっても困る。
いきなり警察に連絡入れていいのだろうか?だって?。
基準は?
「自分の子供、家族だったらどうするか?」で考えるのだ。1日連絡が取れなくても警察に連絡するでしょう。2日まで我慢しますか?。親なら無理でしょう。遠慮や気使いしている余裕はない。必死。最善を尽くすに限る。
このクラス担任(女?)は1ヶ月以上連絡も安否も確認できないでもリダイヤルを繰り返すだけだった。さっさと担任を離れれば次の人が的確にエスカレーションしてくれただろう。この女が担任として塞いでいるから救いの手は最後まで届けることが出来なかった。少なくとも助けるチャンスはあったはずだ。
教育委員会は、個人を貶めることはないが、あきれ返るくらい不適切な対応を世の中に反省の弁とともに明らかにすべきだ。
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3月2日・通夜、3月3日・告別式。クラス担任は仏となった少年にどんな思いで手を合わせただろうか。そもそも出席したんだろうか。言い訳を用意して参列していないのだろうか。
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